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夏の基礎トレのために北国からやって来た一同の逗留先のホテルは、
市街地から離れた閑静なところへ落ち着いた佇まいを構えたそれで。
地味で簡素な施設かと思いきや、主にスポーツ関係者御用達の有名な旅亭だそうで。
食事メニューから室温や寝具のオーダーまでの何やかやを依頼に完璧に添わせてくれる
シェフもフロントも、滞在中の室内設備管理担当も一流どころで固めた、
知る人ぞ知る ずんとエグゼクティブなところであり。
衛生面は勿論のこと、人の出入りへの管理監督も
今時のあれこれを機器も人手を惜しまず尽くされているので、
不法侵入者からプライバシーへの干渉などなど余計な脅威を案じる必要もない。
そんな至れり尽くせりなホテルに落ち着いたはずの白雪の虎娘、
何がどうしたものか、陽の落ちたばかりな緑苑脇の駐車場にて
数人の怪しい輩らによる人垣に取り囲まれかけておいで。
散歩する人も無さげな、見ようによっちゃあ場末の
駐車されている車自体も数えるほどな殺風景な空間で、
うら若き少女と青年が、頼りなげな様子で威嚇されているとしか見えない情景であり。
「あ、敦ちゃん。何も僕ら世直し集団じゃないんだから。」
谷崎さんがちょっぴり及び腰に言ったのは、
だがだが、いかにも恐持てな相手へ腰が引けたからじゃあなく、
あくまでも面倒ごとに発展しないかという方を案じてのこと。
だったので、
「警察に通報します?
どっちにしたって来てくれるまでの間はボクらがお相手しなきゃあなりませんが。」
敦ちゃんがこうと応じたのも、
天然さんだから後々のことまではよくは判らずにというのが…半分くらいはあったかもだが、(おいおい)
『何事も早急な対処をした方が後腐れも少ないってね。
あとになって、
ぶら下がって因縁つける格好でそのネタで脅せたとかいう勘違いさせても酷じゃあないか。』
『ですよね。
それやらかしたら警察よりおっかない人たちに捕まえられて、
弁護士も人権もないまま 有無をも言わさず東京湾に沈められちゃうかもしれないし。』
血なまぐさい方々との縁があるの、積極的に利用なんてしちゃあない。
むしろ庇ってやってる格好なんだから感謝されたいくらいだと。
乱歩さんがぷんぷくぷ―と膨れてしまわれるのもいつものことなのだが、
それらは後日談なので、今は現在進行形のお話に戻ろう。
「……。」
いかにも物騒な面々に取り囲まれた
敦ちゃんと、付き添いの谷崎さん、ちょっとピーンチという場面でしたが、
そうとなった直前の流れをご説明するならば。
トレーニングは来週から始めると打ち合わせ、
今日のところはこれでじゃあねと、一部微妙に名残りを惜しみつつも
ヨコハマ陣営の案内役だった二人が帰って行ったのがまだ明るかった夕方ごろ。
和気あいあいと食事をし、広々とした風呂を使ったり、備え付けのジムで軽い運動をこなしたり、
各々で就寝までの時間帯をゆったりと過ごしていたのだが、
【 中島様はおいででしょうか。】
忘れものを届けに来ましたと、
某ジブリ映画のキャッチフレーズにあったよな言いようで連絡してきた御仁があったらしく。
警備がしっかりしているホテル故、
部屋の番号も教えてはもらえないしそのような訊きようをしたからか、館内へ入ることさえ遮られ、
仕方がないので出て来てもらうしかない。
なので、最寄りの公園の駐車場までご足労願えないかという伝言が、
外部との交渉時はチームの代表とされている国木田のスマホへと掛かって来た。
『……それって怪しすぎませんか?』
何でまたこんな宵の口なんて時間に?
日を改めればいいじゃないか。
というか何で此処へ逗留していることを知っている?
紹介してくれたのは中也姐だし、
出来れば騒がれずに過ごしたい旨は判っていようから口外はしていないはず。
着いたばかりの今宵にコンタクトを取ってくるのも これまた不審で、
例のレセプションつながりで追跡されてたとか?
『疑えばいくらでも怪しいところばかりが出て来る手合いだが。』
どうしたものかとスタッフの中でもチーフ格の面子を集めての合議となった場で、
放っておいて強引に出られても厄介だと常識的な言いようをした者、
失礼にもほどがあるのだから通報して良い案件じゃないかといたずらっぽく言い出す者など、
一応、幾つかの意見が出たその上で、
首脳格の皆様でこれこれこうと作戦が立てられた結果のこの運び。
余程に急ぎの用なのか、
そしてそして、
どうしても直接会って伝えたい要件ででもあるものか。
明日にしてとか場を改めてと言っても食い下がり、
勿論、お独りでなんて言わない、頼りになる方と複数でどうぞと言いつのられ。
チーフスタッフの皆々様、何焦ってんだろうかと微妙に面白がってしまったのは此処だけの話。
そうと出られてぞろぞろと大人数で向かうのも何だしという流れとなったか、
それじゃあと高層階から降りてった敦ちゃんと、引率の、もとえ付き人の谷崎さんだったのだが。
『……。』
いかにも小柄な少女と優しげな青年の二人が出たのを見計らうように、
彼らが宿泊するフロアを目指して
非常階段やらメンテ用のロフトなどからにじり寄り、こそりと取り巻いた気配があり。
不穏な侵入者が足音しのばせ、中島選手のお部屋へ近づいたのへと先んじて、
『残念だったな。お前たちが狙いそうな、敦も貴重品もここにはないぞ。』
敦ちゃんの随身として任されているのは教育方面担当なだけじゃあない、
合気道の達人でもあらせられる国木田さんが護衛の面目躍如はなはだしく、
力づくで押し込んで来た数人の賊を片っ端から投げ飛ばしの関節決めのと、
それは効率よく片付けてしまわれており。
一方の呼び出された側、
ホテルに間近いところにある緑地公園の駐車場までへと
誘なわれの導かれてしまった敦ちゃんの側は側で、
「…部屋にはなかったというティアラ、何処へやったっ。」
「あらまあ。与謝野さんが勧めた通りだったようですね。」
カーディガンの代わりのように肩に羽織っていた更紗のオーバーブラウスの懐から、
白い手がひょいッと無造作に摘まみ出したのは、
特に何かに包んでもない扱いで良いものかと周囲が案じる、
数時間ほど前にレセプションでいただいたばかりのプラチナ製の美麗なティアラだ。
「もしかしてこれが目当ての人たちかも知れないから持っていきなと言われたのですが。」
「…ちょっと待って敦ちゃん。それ、ボクは聞いてないんだけど。」
何ですかその展開はと、選りにも選ってお嬢様を守らにゃならない立ち位置の谷崎がひぃいと判りやすいほど青ざめる。
さすがは宝石の協会主催の表彰だっただけあって、
副賞としていただいたネックレスもなかなかに豪奢なそれだったけど、
式にて頭へ載せていただいたこっちも結構なお値打ちのそれで。
ティアラに一番大きいビジューとして据えられてあったのは、随分と大きめなカラット数のダイヤだったが、
敦くらいの子ならその縁に使われてあったアクアマリンの方が好きだったりするようなのがイマドキの感覚だ。
とはいえ、相手が狙うはそっちだったらしく、しかも、
「わあ、乱暴に扱うなっ。」
「もっと丁重に…あああ、ぶん回すな。」
ほらほらと振って見せたその上、
そうだこれって頑丈だからと、ヘルメット代わりにしようという目論見か、
日本人離れした銀の色合いも華やかな見栄えの髪へ柄を通し、頭へ装着しちゃうお嬢さんなのへ。
恐持てだった態度が一転、
乱暴な扱いでぶん回すのへ 怯んでおりますと言わんばかりの慌てっぷりで向こうがそんな言いようをし、
「ダイアモンドは業火に放り込みでもしない限り無事だろうに。」
「それか一点を鋭く叩かれないならってとこでしょうか。」
さすが只者ではない顔ぶれで、さっきまで怯んでいたはずの谷崎さんまでもが
世界一硬いとされるダイアでもそういうことには弱いとご存知だったらしくてそうと案じてやったれど。
せっかくの心遣いへも耳も貸さずに目の色変えて手を伸ばしてくる輩たちにすれば、全く慰めにはなってない様子。
ティアラ込みでほしいのかと思えば、さにあらず。
【 どうやらそいつら産業スパイらしくてな。
何かしらのチップをダイアの下へ貼りつけてるらしい。】
乱歩さんからのそんな追加情報が入るのは、乱闘が片付いてからのこと。
なのでそこまでの詳細にはまだ気づかぬままながら、
とりあえずティアラごと御所望らしいと察しを付けたこちらとしては、
「じゃあ渡さないと構える他はないですねぇ。」
「こらこら敦ちゃん?」
おっとり品よく呟く令嬢だったのへ、
一応は制すようなお声を掛けたが、だからって
抵抗して怪我をするより此処は素直に渡すという選択もあるんだよ…なんて、
そこまでの及び腰にはならないところがさすがはこれでも敦ちゃんの護衛陣営の一隅の谷崎さんで。
「手前っ。」
「っ、哈っ!」
どこまでも浮世離れした態度でいるこちらに業を煮やしたか、掴みかかってきた賊の一人へ、
これでも腕に覚えはある谷崎さん、気合と共に素早く振り上げた足蹴り一閃、
ツボへの適切な蹴撃を掛けて蹴り倒したそのまま、次の敵にはスティックタイプのスタンガンでばしりと腕を払って
ぎゃあと叫んだそのままその場へひざまずくほど痺れさせたまでは落ち着いたものだったれど。
「だから、応援呼んでからにして…って、お〜い。」
という制止の声も届かぬまま、
頭にそれを固定して、姫本人が駐車場から逃げんとするのへは “ちょっと待った”と焦って見せる。
そんな破天荒ぶりを好機と取ったか、待てと追いすがる追手がかかるが、
数を頼りに回り込まれても全く動じないスズラン姫、
「簡単に捕まるもんか。ボクを見くびらないでね♪」
現代版の軽業師、パルクールも顔負けなほどの鮮やかな身ごなしで、
向かって来る追加の手勢も右へ左へ軽快に除け、
数で掛かってのこと、囲い込みを掛けられても怖気はせず、
常夜灯の柱を蹴っての想いもつかぬ高みへ身を避け、そのまま中空へとその身を躍らせる。
とんでもない滞空時間で高々と飛び上がるとか、そのまま蹴倒すよう構えるなぞ、
素人相手なら十分に度肝を抜く威嚇にもなろうが、少しでも格闘に馴染みがあるなら不利と判る。
場慣れしているなら、中空に身を置くのは良作ではないと断じることも出来る。
ワイヤーアクションなどに付きものな命綱でも握っているならともかく、
そこから自在に移動が出来ない、何となれば無防備の極みだからで。
「今も今で素人じゃあないんだ、そこはね。」
そこいらの自宅警護なんざ蹴り飛ばせるほどに、体幹もしっかりしているし脚力もある。
しかも、
「な…何だとっ?」
やはり多少は喧嘩慣れしていたクチが居たようだったが、
嘲笑いつつ何やら得物を構え腕を振りかぶった其奴がそのまま固まったのは、
視界を覆うようにそれは鮮やか且つ広々と広がる漆黒の天幕があったため。
しかも、それへとかぶさるように
「ウチの子に何しやがるっっ!!!!」
そんな鋭い叱咤のお声まで飛んで来る。
投網よろしく中空へ上手に大きく広がるようにと丈夫な天幕を広げて投擲してくれたのは、
「芥川っ。」
きゃ〜ん、間に合った嬉しいと、
はしゃいでおいでのあまり名を呼んでしまった敦ちゃんを、
しょうがないなという諦め半分、安堵半分に見上げる漆黒の貴公子様こと、芥川青年ではないか。
「なっ!」
「どうして外からの応援が呼べた?」
手抜かりはなかったはずと思うてか愕然とする輩もいる中、
躊躇していたのもしばしのこと。
自棄になったか手持ちの警棒や何やを投げた手合いもいたが、
頑丈な特殊繊維製か、ちいとも響かずのまま叩き落とされており。
『銃弾であれ通しませぬ。』
『その分 微妙に硬いし重いが、それくらいは投げられないようなやわじゃねぇもんな。』
『敦ちゃんをリフト出来ないよね。』
『あ、ひどい。それってセクハラです、太宰さん。//////』
妙齢のお嬢さんへそれはないわと女性陣が揃って怒ったのは脱線もいいところだったが。
ちなみにそんなややこしい素材でも丸まってしまわず広がったのは、
投げ方のコツを心得ていたその上、四方の隅に反発し合うような電磁石のくさびが付いているからだそうで。
そんなややこしいものまで繰り出す連中が相手、
そのまま辟易するか、いっそ我に返って、
やっべ目撃されたよと、この場から逃げ出しゃあいいものを
コトはそうそう、こちらの都合に合わせちゃあくれないか。
いかにも素人らしき腕の振り上げようで塩ビのパイプを手に駆け出した、
恐らくはこの場限りの契約なのだろう、即席泥棒野郎たちがおり。
それを視野に入れたのが、先程 叱咤の怒号を上げた誰か様。
「こんのっ!」
「あ、まだ懲りねぇかっ。」
凶器片手という格好にて頑張ってみせたそんな猛攻を前にして
そのくらいで “キャア怖いっ”と怯んでくれたら苦労はしない。
向こうが戦闘態勢行為に出た以上、
こっちこそ防衛行為を取ったまでと言い切れるとの判断が起動したようで。
闇だまりの中でぐんと身をかがめてのバネをため、
あっと言う間にその姿が消えるという、
場合でなければ惚れ惚れしただろう見事な俊敏な動作を見。
“あーあー、何もこんな素人へそこまで本気で繰り出さなくても。”
どっちへの同情なのだか微妙に泣きそうになりつつも、
「…っとぉ。」
それは的確な仕置きゆえ、
寸分違わず、相手の肩か背中へ振り下ろされるだろうと見越した
誰かさんの振り下ろす特殊警棒の切っ先。
ほとんど隙間なんてないほどの接触状態の、だが、
ねじ込むことで作った隙間へ割り込んだ、こちらは棍棒で、
天から振り落ちて来たご本人ごと、がっしと受け止める手合いも登場。
別に賊らを庇う義理はないけれど、過剰防衛だと騒がれるのは剣呑だからと制したその人は、
「…太宰か?」
「はぁい中也、さっき振りだね。」
絶妙なバランスで、
赤毛のヨコハマ特攻隊長の振り下ろした得物の接点へ重さすべてを受け止めておいで。
「こんなところで会おうとは奇遇だねぇ。」
相変わらずの破壊力なのは重々承知だが、
かつてならともかく、こんな細っこいお嬢さんくらい、
棒の峰にて支えられなくてどうしましょうかと。
イタリア産だろスーツ姿のイケメンのお兄さんが、
不敵に笑ったのへ。
「………(ちっ)。」
ハマの自警団の特攻隊長様が見るからに細い眉をしかめれば。
あ、こら、今 舌打ちしたね、
そういう不良みたいな真似はやめないと、紅葉さんに言いつけるよ。
それでなくとも 覚えておいでな筈だのにわざとらしくも怪しい人物認定されてんのにサ。
広津さんは広津さんで、そういう状況なの面白がってるし、と。
貌だけ見ておれば氷のような美貌も麗しき白皙の美少女、
しかも自分の伴侶でもある美人さんへ、
いやに つけつけとした物言いをする太宰であり。
「知るかよ。アタシをたげられる顔ぶれがいねぇまでのこった。」
ふんッと鼻でくくったような態度で振り切りかかるのを長い腕で搦めとり、
魅惑のお声をわざとに低めて囁きかける。
「大体なんで君まで出て来てるかなぁ。」
芥川くんも出来れば矢面(やおもて)へ出てきてほしくないってのにと続いた言いようだが、
それは表舞台に立つ存在だからであって、怪我をされては大問題だからにほかならぬ。
中也への言いようは女性だからというより大切な対象だからという順番。
腕のほどは知っていても荒事に関わられるのはイヤなのは、どこのカレ氏でも同じことという流れらしかったが、
「………もしもし。」
「太宰さん?」
そんな場合じゃあないだろと、
敦を無事に受け止め終えてた芥川がカノ女と共に二人揃って呆気に取られたのも刹那の呆然。
ハッとすると懐へ敦を引き込みつつ、
振り向きざまに、身をぐんと下げての特殊警棒をぶん回せば。
「…っ。うおっ!」
背後から近寄っていた不審者が、
逆に足を蹴たぐられて、その場へどうと倒れ込む。
手には物騒な鉄パイプを両手がかりで振り上げていて、
「烏合の衆だからって ここまでやっては何も知らないは通じぬぞ。」
くるりと回した得物をそのままどんっと、
素人侵入者くんのみぞおちへと、一応は加減して食い込ませれば、
「かはっ!」
痛さよりも不意打ちだったことへ驚いたか、
わあと尻餅をついたまだ幼いクチだろ少年が、
館内照明のスポットライトを背に負った大小のシルエットを見上げて、あわわと震え上がる。
「し、知るかよ。
俺はただ、お宝集める仕事を手伝えば金を出すって伝言板見て。」
「そうか、じゃあ強盗傷人のみならず、不法侵入と窃盗未遂だな。」
ホテルの方へと侵入した顔ぶれと同じ一味だと白状したようなもの、
きっちり言質は取ったからねと、印籠みたいにスマホをかざした敦ちゃんを
しっかとその双腕(かいな)へホールドしたままの貴公子さんという格好へ、
見せつけんなよ、こん畜生と
文字通りの踏んだり蹴ったりされた賊の皆様、
駆け付けた警察に引き取られている間もずっと、地団太踏んで歯噛みしていたそうな。
to be continued.(20.06.03.〜)
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*ドカバキシーンはストレス解消にいいっ、とはいえ、
ちょっと長すぎました、すいません。
まだちょっと続きます。

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